|
兎、波を走る。 兎は古来より人に寄り添う。鬼瓦には波兎の代表的な図案がある。これは謡曲竹生島の「月海上に浮かんでは、兎も波を走るか」から来ているといわれる。鏡花も兎狂いだった。 |
|
ゐり豆に花が咲くか。 ゐり豆に花が咲くとは、ありそうもないことがおきること。ありそうもないことは、ありそうなことと一緒にこころに増殖する。畏れと不安のあいだのおののきをいつ憶えたか。 |
|
熨斗は鮑(あわび)なり。 のし紙に印刷されている熨斗は「伸し鮑」から。白い和紙に赤い和紙を重ね、伸し鮑を包んで水引でとめ、贈り物に添えられた。それがデザイン化されて印刷されるようになる。 |
|
オランダの光。 オランダの光は柔らかで乾いた風光とレンズを通した光がまじりあう。フェルメールはカメラ・オブスキュラを覗き、光と影をキャンバスに書きこむ。日本の風光にも連なる光。 |
|
雲の渦に巻かれる。 雲の渦に巻かれて生命の夢を見たのは気象学者の藤原咲平だった。ゆらめくさま、引きこむさま、吐きだすさま、分子の集まるさま、儚いさま、どれをとっても雲を連想させる。 |
|
やうやう白くなりゆく山ぎは。 やうやうには波がある。綺麗にグラデーションがかかった推移ではなく、こころのなかにひたひたと迫りくるような切なさがある。空間より気配満ちる微妙な空気をこそ感じる。 |
|
まわるまわる星がまわる。 まわるのは星だけではない。およそ銀河から量子のあいだはすべてまわっている。まわれば左右の向きがうまれるが、弱い相互作用の世界では左右対称とはならない。宇宙好み。 |
|
消しゴムで書く。 消しゴムで書くような負の想像力が日本文化に横たわっている。そこらに穴を穿ってはそこになにものかを呼びこむ、そんな按配。まあまあと言いながらお互い了解してしまう。 |
|
ふしぎニッポン。 ふしぎニッポンどこへ行く。剥いても剥いてもまだ皮がある。いつになっても実があらわれぬ。はてさて剥き終わったと思ったら、そこにあるのはがらんどう。皮が実なるかな。 |
|
言霊の幸ふ国ぞ。 言霊の言とは言・事を発するもの。どこからかやってきては人に何事かを語らせたり、歌わせたり、踊らせたりする。それはどこにでも染みこんでいてあまねく国に満ちている。 |
|
えもいわれぬものかは。 えもいわれぬとはなんとも表現しがたいさま。連なる想の飛躍・深みにおもわず声をあげる。言葉が追いつかなくなるときは、それより一歩外に出でてそれをすくいとればよし。 |
|
手前生国と発しますは。 手前生国と発しますは、と仁義を切るときはまず生まれから。主と客がふれあう場面のはじまりはまずその出来から。これが名乗りとなり、呼び出しを受け、主客交合の世なる。 |