文化の温暖化
◎どうやら地球環境が温暖化しつつあるばかりでなく、文化そのものが温暖化しつつあるのを切々と感じる。文化とは死を克服する装置であり、こどもは死からもっとも無防備な存在である。そして温暖化する文化の兆候はまずこどもの周辺から見えはじめる。
◎簡単にキレたり、妙に大人びるこどもが多いのは、こどもがおとなの方法を取りこんでなんとか死から身を守る行為であるのかも知れない。とにかく自分たちが安全であるルールを作ろうとするのも同じ行為である。
◎日本では70年代以降にすでにその兆候が見えていたのかも知れない。鍵っ子やゲームセンターに入り浸るこどもたち、政治を考えているわけではないのに反体制的なシンボルをまとうこどもたち、バイクでの暴走や過激な学生運動に走る青年たち、会社や社会への愛着がわかず、職場を転々とする若きサラリーマンたち。昭和30年代をなつかしむおとなたち。ここにはすべてある兆候を感じる。
◎おそらく、文化の温暖化が走りはじめたきっかけのひとつとして。マンション都市とITがある。このどちらも社会のなかでのこどもの居場所をなくしてしまった。そしてそこにはじまる不安が恐るべきこどもたちを走らせた。
◎地球温暖化をくいとめたところで、文化の温暖化がすすめばやがて地上を人は歩かなくなる。地球温暖化は目を開きさえすれば見えるが、文化の温暖化は見えない。文化の温暖化を見るのはなによりも想像力であるということだ。




